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カイラス巡礼物語 ~私にとってのカイラス~
  友人のR君が先週亡くなった。2歳年上の、十代の頃からの友人だった。なぜか今日、ふっと時間が出来て、久しぶりに“ピンクフロイド”の古いアルバムが聴きたくなった。なつかしいアルバムを聴いていた時、R君がピンクフロイドのファンだったというわけでは全くなかったのだが、途中で急に涙があふれて来たので、“何だろ・・・?何かおかしいな・・・!?”と思ったら、R君の初七日だった。

 
 
  随分前、自分の進む道が中々見つけられず迷っていた頃、京都の佛教大学でしばらく学んだ時期があった。ほとんどその頃の授業内容は忘れてしまっているが、ある住職さんの講義を受講していた時、「最近は、お葬式が終わって、斎場から帰ってきて、すぐに初七日の法要をする!?2カ月に渡ってしまっては都合が悪いと言って、四十九日の法要を三十五日で切り上げる!?などと勝手に変えているが、そんな勝手なことを誰が言い始めたのか?誰がそんな都合のいいことをしても良いと許可をしたのか・・・!?」とお怒りになっていたことだけ(?)とても印象に残っている。
 今日、何となく、ちょっとわかった気がした。気持ちがあれば何だっていいのでは・・・?とも思っていたが、初七日はちゃんと初七日で、四十九日はちゃんと四十九日であるべきなのかもしれない。

 
  3カ月前に日本を出発し、チベットのカイラス山巡礼に向かった。今でも「本当にあんな所に私がいたのか!?」と幻の様に思える。
 1カ月かけて巡礼から戻ったのだが、どうも、周囲に対して気の効いた感想を述べることができず、何の説明もできないまま2カ月が過ぎようとしている。
 出発前には、何やかんやと思うところをブログに書いて旅立ったものの、帰って来たらどうも続きが書けず、どうしたものかと実は困っていた。

 
  私にとってのカイラスは・・・?
  まず、マナサロワール湖。カイラス巡礼前に訪れた聖なる湖。
 
 出発前。既にマナサロワール湖を巡礼したヨーガ仲間の話によると、「そこで禊払いをすると(頭まで漬かると・・・)ご先祖様に会える!」ということだったので、私は密かに期待していた!会いたい先祖がたくさんいたからだ!実は、日本を発つ前から、会いたい人をリストアップしていた。父に、母に・・・、そして最も会いたかったのが、第二次世界大戦でタイからビルマに渡り、終戦後、ビルマから帰国直前に亡くなった、私の母も顔を知らない祖父だった。しかし、禊払い中は彼らの顔が浮かぶ余裕もなかったのだが、その日から毎夜、夢に父や母が出て来ては、色んなメッセージを私に残して行った。それでも会いたかった祖父にはどうも会えなかった。


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  私達はこの時、死と隣り合わせだった。昼間は暖かくなるとは言っても、ヨーガ修行中の早朝は氷点下まで下がる気候。あまりの水の冷たさ。どこまで行っても遠浅で、中々胸まで水に漬かれない。徐々に全身が冷えて、震えて来て、おそらく唇がむらさき色になっていて、呼吸が苦しくなってきて、それに加えて水に対する恐怖感、いつ心臓発作を起こしてもおかしくないような状態だった。近くにいた仲間と一緒に“せーのっ!”で頭まで水に漬かった時、恐怖感や達成感など何とも言えない気持ちで、号泣だった。あんなに号泣したのは子供の頃母に叱られて“出て行きなさい!”と言われて雨の中を泣いて外に出て行った時以来だったような気がする。
 
  聖なる湖。カイラス山とセットで“巡礼の地”と言われているところだったのだが、私にとってはどうも“三途の川”だった。“全てを受け入れてもらえるガンジス河”ではなかった。ガンジス河は、現世を生きる人々の祈りで出来ている河だった。

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            マナサロワール湖  朝の風景


  
  無事禊払いを終えて、いよいよカイラス山に向かった。そこは・・・?なんて寂しいところなんだろう・・・。カイラス山のふもとに到着し、さあ、いよいよ待ちに待った巡礼が始まる!という時も、周囲は晴れ渡っていて、とても気持ちのいい天気だったのに・・・。


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 ようやく辿り着いたカイラス山のふもと ここから3日間かけて周りを巡礼させていただく


 “何も無いところ・・・”というのは初めからわかっていた。でも、本当に何も無いところだった。山に入ると、周囲にいくら仲間がいても、本当に孤独だった。冷たく、寂しい所に感じた。どう表現すればいいのか・・・?どうも、ここも正しく、私にとっては“三途の川”だったのだ。どうしてそんな風に感じたのか・・・?表現するのが難しいのだけれど、このような私の訳の分からない説明を聞いて、私の昔からのヨガ友が、「話を聞いてたら“無音”の感じがする・・・」と言った。


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  カイラス山巡礼中、これも正しく死と隣り合わせだった。雪の積もる、大きな岩があちこちで連なる道を馬に乗って進む。“この馬が次の一歩を踏み外せば、馬も私も崖から落ちて死んでしまう”と想像するのは非常に簡単で、気持ちをそちらに向けるのは本当に容易かった。

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しかし、そこで、“大丈夫だ!神様が見守ってくれているから・・・!”といつも自分に言い聞かせていると、まったく平気で、絶対私達は大丈夫だという確信が持てた。自分の心の働かせ方次第で、状況はどうにでも楽な方へと変化させることができる。

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 しかし、これは、自分の肉体に執着があって、まだ死ぬ時ではない・・・と思っているということだ。マナサロワール湖で禊払いをする時も、カイラス山を巡礼する時も、マントラの祈りの中でシヴァ神(カイラスはシヴァ神が住むところと言われているので)に願ったのは「どうかこの身が無事であります様に・・・」だった。現地の人が悉く口にする「もう死んでもいい!」ではなかった。

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 人間が足を踏み入れることができる一番神様に近いところ  ドルマ・ラ(ドルマ峠)

  
  マナサロワール湖で禊払いをしていた時も、カイラス山を巡礼していた時も、なんか私は“場違いなところ”に来ている気が実はしていた。ここは、いよいよ肉体から離れようとする人が来るところだったのかもしれない・・・。私には肉体の寿命がまだ残っていて、生きたいという欲望があって、まだここに来るべき時ではなかったのでは・・・?何となくそんな気がした。もし、本当に肉体を離れる時が来れば、このマナサロワール湖にしても、カイラス山にしても、もっとしっくりとくるのかもしれない・・・。どうもそんな気がした。
 でも、巡礼の間中、シヴァ神に包まれているようで、心はいつも穏やかだったのだが・・・。

 
  そこは“四十九日”の間に放浪する所だったのかもしれない・・・?さっき、R君のことを思っていた時、「肉体には寿命が来てしもたから、いよいよ手放さなあかんねん。そやけど、長年付き添ってきた心とは中々簡単には離れられへん・・・。色々整理しなあかんから四十九日ほど必要やねん・・・。そやからしばらくこの辺をさまよっときたいねん・・・。」そんな声が聞こえたような気がした。

 
  R君の死をきっかけに、“四十九日”というものに気持ちが釘付けになった今、初めてマナサロワール湖やカイラス山で心に溢れて来た、説明のできなかった思いが理解できるような気がする。もしかすると、マナサロワール湖やカイラス山に対して感じた私の感覚は、“四十九日”だったのかもしれない。肉体や心に執着があって、まだそれらの死を迎える時期ではなかった私にとっては、これらの聖地はどうも冷たいところで、まだ来てはいけない、“場違い”の様に感じてしまったが、もし、私が本当に肉体から離れる日を迎えるためにこの聖地を訪れていたならは、そこがこの上なく心休まる、言葉では言い尽くせない場所になっていたのかもしれない。


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          カイラス山が一番美しく見えるポイントで
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by chitrankita | 2012-08-18 22:17 | チベット・カイラス巡礼

チトランキータのブログ               平井真理子・・・日本ヨーガ療法学会認定ヨーガ療法士 2002年よりヨーガ指導開始。 ヨーガセラピークラス、マタニティヨーガなど神戸~西宮を中心に活動中。
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