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2011年インド・バドリナース バドリナート寺院物語 
 ~バドリナート寺院~

 ガンガリアから雨で滑りそうな岩場を馬で降りる。怖いと思い始めたら本当に怖い!・・・が、大丈夫だと信じていると何ともない。来た道を無事に戻り、やがて聖地バドリナースへ。ホテルに到着後、部屋の窓を開けて真正面に見えたニーラカンタ山の美しさは息が止まるほどだった。すぐに雲がかかってしまい、次に気づいた時には見えなくなってしまっていたが、神様の「よう来たな~。待ってたで!ほな、ちょっとだけ見せよか?」だったのだろう。

 その翌日、バドリナート寺院へ参拝に行った。敷地内に温泉が湧いている大きなお寺だった。このお寺はシャンカラがいたお寺で、主神はシャンカラが安置したという伝説がある。もっとも参拝者が多い聖地とされているバドリナースのお寺だけあって、連休の伊勢神宮並みの人ごみだった。そのシャンカラが瞑想していたお堂で、超忙しい現在の管長さんが私たち日本人グループのために祈祷の時間をとって下さった。狭い小さなお堂で、私たちはまたぎゅうぎゅう詰めに入り、小さくなって正座をして管長さんが来られるのをじーっと待った。祈祷はほんの数分だった。そして、その後の出来事だった!

 シャンカラのお堂から出て来て、何となく広場で待っていたら、K先生が「自分(他人を指す時にも“自分”と言う)と、自分と、自分と、自分がお供え物持ってね。」とたまたま近所にいた私を含む4人を指した。何が何かわからないうちに、向こうから大きなお供え物が4つ運ばれて来た。たくさんのお花を盛った皿や布を盛った籠などが用意されていたが、私が持ったのはたくさんのお菓子を盛った大きな銀皿だった。かなり重たかった。それを持って本堂に入るまで1時間近く並んで待った。このお寺は、寄付が多い人から先に参拝できるそうだ。H先生は「ただの荷物持ちだからね!」と言った。だが、その後、インド人ガイドのRさんが向こうからやって来て、「タダノニモツモチデハアリマセン。カミサマガ、ジブンヲオセワシテホシイヒトヲエラビマシタ。」とこっそり言った。それを聞いた瞬間、涙が一気にドーッと溢れた。胸が熱~くなった。持ってるお供え物を守ることが一番だったので、涙は垂れ流し状態だった。そういうことだったのだ!

 前回のマナリの旅で、「神様にすべて任せてしまえばこんなに楽に過ごせるんだ!」、「神様はずっと遍在していて、ずっと守ってくれているんだ!」ということを知ってしまって以来、私なりにヨーガに取り組んできた。毎日ヨーガをしたい気持ちはあっても、しんどい時はサボり、眠い時はサボり、しょっちゅう「今日も怠けました。すみません・・・。」だった。それでも、出来る範囲でアーサナ、呼吸法、瞑想に取り組み、聖典の勉強会に参加し、マントラを唱えたり、神様のことを考えたり、と本当に“私なり”だったが、それでもちゃんと神様は見てくれていた。自分のペースだが、無理せず取り組んできた3年間の成果に対して神様がご褒美をくれたのだ。こんな形で私に教えてくれるなんて、予想外の展開だった。神様は何て粋なことをされるのだろう・・・!これは、自分たちがお供えを持つ係に選ばれた・・・というような自慢話では決してなく、そういう出来事を起して、私にまた新しい気づきを与えようとしてくれた神様はなんて慈悲深いのだろう!今回、私はたまたまこういう形で気づきをもらったが、他の方たちもそれぞれ、様々な形で気づきをもらっているはずだ。私は「もうこれで充分だ!」と思った。これを知るためにここまで来たのだ。人と比べてどうだ・・・ではなく、自分がやったらやった分だけ、ちゃんと神様はご褒美をくれる。その時、「カイラスに行ってもいいんだ!来年行こう!」と思った。

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                    バドリナート寺院
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by chitrankita | 2012-04-30 19:36 | インド修行会
2011年インド・バドリナース 花の谷物語
 ~花の谷ガンガリア~

 内観で禊払いをし、いよいよ3年ぶりのインド・ヒマラヤ、バドリナースへ。たとえば、私たちは日々アーサナをするが、“アーサナ”をすることがヨーガの最終目的ではなく、アーサナをすることによってその後の“呼吸法”が活かされ、その呼吸法によってその後の瞑想が活かされる。その瞑想によって、ヨーガの最終目的である“解脱(すべての“苦”から解放されて脱すること=エゴ(自我)がなくなり大いなる神様のような存在とひとつになること)”へと近づく。だからその過程となるアーサナ、呼吸法がそれぞれ大切となってくる。それと同様に、今現在の言動がその後を活かすこととなるので、今行っている事はすべて次への大切な過程となる。内観自体が素晴らしいものであって、それがバドリナースへの旅に活かされる。バドリナースの旅が次のカイラスへの巡礼の旅に活かされると確信して、このバドリナースの旅に参加を申し込んだ。それまでは、カイラス山を目指すなどまだまだ私には先の話だと思っていた。しかしある日、“50歳になるまでに何をしよう”と考えた時、“もう一度大学に入って勉強をし直す!”ことも考えた。だが、それよりも、“足腰の動くうちにカイラスに!”という気持ちがメラメラと湧き上がってきた。私は、一度でも頭や心に浮かんだことは遅かれ早かれその通りになるということが今までの経験上大変多い。というより、心に浮かんだ事が現実化されるように、意識的に自分でそのように持って行こうとしているのかもしれない。それほど、心のエネルギーは強いということだ。強く心で思うと、良くも悪しくもその方向へ向いていくということだ。そして、バドリナースへ行くことによって、カイラスへ行っても良いのか、まだその時期ではないのか、答えをもらえると思った。このバドリナースの旅への参加については、前回マナリで確信を得たので、高山病、車酔い、下痢など一切の不安は最初から克服されていた。実際にすべてがクリアされた。前回のマナリで予想外の素晴らしい気づきをもらったので、今回は何が待っているんだろう!?とワクワクしていた。

 バドリナースはインド・ヒマラヤで最も聖なる地とされている。“聖師シャンカラ”が永年に渡って修行し、解脱したところとしても有名である。また、バドリナースの北にあるマナ村には、“ヴェーダ聖典”を編纂した“ヴィヤーサ”が大叙事詩“マハーバーラタ”を語った洞窟や、“ガネーシャ神”がそのマハーバーラタを書き記した洞窟もある。どちらも小さな洞窟だった。その小さな洞窟に私たち日本人はぎゅうぎゅう詰めに入って、小さくなって正座して、数分間僧侶の説明を聞くのだが、インド人ガイドさんのRさんは「こんな狭いところで座って我慢して話を聞くのは日本人だけです・・・」と言った。が、バスや列車や自動車やバイクにあれだけぎゅうぎゅう詰めに乗り込むインド人の方がよっぽどスゴイのに・・・と思った。また、その聖者ヴィヤーサは、息子のスカと一緒にバドリナースからヒマラヤ峠を越えたカイラス山、聖地ティルタプリの辺りに住んでいたとも言われている。

 バドリナースを訪れる前に、数日かけて“ガンガリア”を目指した。ガンガリアにある”花の谷”という、アーユルヴェーダにも使われる高山植物が生息している山に登ることになっていた。途中から馬で登った。乗馬の説明もほとんどなく、「この馬に乗れ!」と馬子さんに手招きされ、乗ったらすぐに動き出した。かなり危険な、険しい岩場を普通に馬が行く。日本ではあり得ない!少し乗馬に慣れてきたら、馬子さんがおもしろがって馬を走らせる。いきなり“暴れん坊将軍”状態になった。あり得ない!心の中で主題歌が流れる!とても楽しい!

 馬でたどり着いたガンガリアではテント泊。ベッド付きの大きなテントで、5つ星だ。翌日は1日かけて花の谷へのトレッキングだった。朝のサダナの後、海抜4000mまで登ることになっていた。かなりキツイはずだった。しかし、おかしい!?思ったほどキツくない!?マントラを唱えながら登った。途中から自分の力ではない、大きな見えない力で動かされている自分に気づいた。馬にしても、山にしても、私たちは守られている・・・と感じた。K先生に連れていっていただく旅はいつもそうなのだろう。K先生は「お師匠さん(K先生のグルのヨーゲ・シヴァラナンダ大師様)のおかげですよ。」と何度も仰っていた。

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               花の谷で咲いていたブルーポピー
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by chitrankita | 2012-04-30 19:11 | インド修行会
ご主人も一緒にマタニティ・ヨーガ
 ~ご参加された方々の声~

 マタニティ・ヨーガのクラスの雰囲気が本当に気持ちいいので、生まれてくる赤ちゃんのために日々一生懸命働くご主人にも、この空気を感じてもらえたら・・・と思い、このクラスを始めたのだが、ご参加された方々からこのような声を聞かせていただいた。

妊婦さんより・・・
●「妊娠してから初めてヨーガをしました、毎回いつもリラックスして帰るので気持ちがいいです。産後もヨーガをしたいです。最近家でも少しヨーガを始めました。」
●「夫婦でマタニティヨーガに参加しましたが、家族でヨーガをしているという感じがしました。」
●「今日は自分の心の声を初めて聞くことができました。その声はネガティヴなものは一切なく、“幸せだ”とか“気持ち良い”とか“出産して大丈夫”とか前向きな声ばかりでした。」
●「主人と一緒にこんなにゆっくりした時間を持てるのは今だけだと思うので、次も是非参加したいです!」

ご主人より・・・
●「気持ち良かったです!」「最近年度末で忙しくかなりしんどかったのですが、疲れが取れました!」「メチャクチャ気持ち良かったです!」
●「体がほぐれていきました。」「自分と向き合うことができました。」

 ヨーガは、回数を重ねて行くにつれて様々な効果が表れてくるので、1回体験レッスンを受けられても「よくわからなかった・・・」と言う感想を持たれる方も少なくない。今回ご参加されたあるご主人は、最初は「次は何をすればいいのか?」「これで合っているのか?」という雰囲気で目をしっかり見開いて、初体験のヨーガに必死に“取り組もう!”としている様子だった。これはとても緊張した状態だ。しかし、途中から徐々に力が抜けて来て、目も自然に閉じれるようになり、自分の気持ちいいペースがつかめ、緊張から弛緩していく様子がこちらから見ていても良くわかった。クラスに参加される前と後では顔つきも顔色も変わり、全体的にとても良い感じに“ふわり”と緩んだ気がした。1回体験されただけでこの様に感じていただけて、私もうれしいかった。
  これはよく感じることだが、一般のクラスに比べて、マタニティクラスは1回の体験でも非常にリラックス度が高いようだ。それほど力を“うまく抜くこと”を重視するプログラムになっているからだと思う。
 また、妊婦さんだけのクラスでも、いつも暖かく気持ち良い空気が流れるのだが、ご夫婦で一緒にご参加いただくと、すでに赤ちゃんはしっかりと家族の一員で、家族で暖かい空間を作っている・・・というような別の気持ち良さを感じた。
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by chitrankita | 2012-04-26 22:20 | マタニティヨーガ
ある日のマタニティ・ヨーガ
 私達は、アーサナ(ポーズ)をしたり、呼吸法をしたり、瞑想をしたり、と日々ヨーガをしているが、ヨーガの最終目的は、大いなる存在=“ブラフマ”(=全てを創った神様のような存在。“神様”や“ブラフマ”とは人間が勝手につけた名前で、本当は“それ”としか言いようがない。)と一つになることだ。というより、“一つである”ということを知ることだ。聖典などで勉強して頭ではわかっていても、本当に“それ”を“知る”ことができるには、あと何回生まれ変わればいいのだろう・・・?

 妊婦さんはすでにお腹の中で赤ちゃんとひとつになっている。だから妊婦さんのクラスでは、「ひとつになること」について感じてもらう瞑想をよくしている。いつものように妊婦さんと一緒に瞑想している時、お腹に赤ちゃんがいない私は、「神様のような大きな存在とつながること」について考えていた。その時!ふわり・・・と浮かんだ。

 ~妊婦さんは自分の子宮の中で赤ちゃんを守っている。赤ちゃんは臍の緒で母親とつながって、酸素や栄養など生きるために必要なものをもらいながら、ただ安心してそこですくすくと育っている。それと同じように、私たちは母体である神様のような存在と見えない臍の緒でつながっていて、生きるために必要なもの(酸素であったり、熱であったり、光であったり・・・)を与えられ、守られ、安心してすくすくと成長している胎児なのだ。神様(のような存在)と私たちの関係は、母体と胎児なのだ。~

 ということだった。こんな感じで“大いなる神様のようなもの”とつながっていれば、普段感じるストレスなんて小さなものに思える。何も不安を感じることなく、安心して過ごせばいいのだ。ただ、大きな存在とつながっている臍の緒をいつも忘れなければ大丈夫なのだ。こんなことをフッと感じさせてくれるマタニティ・ヨーガはすごいと思った。

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                 家のベランダで咲いたハスの花
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by chitrankita | 2012-04-26 20:23 | マタニティヨーガ
なぜマタニティ・ヨーガがこんなに気持ちいいのか
 “マタニティ・ヨーガ”を初めて意識したのは、自分が婦人科系の手術を受けるため入院していた病院でのことだった。たまたま話をしていた看護師さんが助産師さんで、マタニティ・ヨーガ協会のマタニティ・ヨーガ指導者養成コースを受講された方だった。私がヨーガの指導をしているという話から、そうなったのだが、「受講してとても良かったので、退院して機会があれば是非受けてみたらどうか・・・。」とのことだった。後に私もそのコースを受け、今に至っている。

 しかし、そのコースを受ける前に、ヨーガ関係のある先輩からマタニティ・クリニックでヨーガのクラスを担当してみないか?と話をいただき、早速、妊婦さん達10数名と一緒にマタニティ・ヨーガを初めて受けさせてもらった。何とも言えない気持ち良さで、途中から涙が止まらなくなった。実は「ヨーガってこんなに気持ちのいいものだったんだ!」と感じたのは初めてだった。それまではポーズ重視のハードなヨーガにずっと取り組んでいたため、ゆっくりとした体の動きと呼吸を合わせて行うことも、意識を内側に向けることも初めてだった。心身ともに元気で、体を動かしたい!と思っていた頃はハードなヨーガでも良かったのだが、心身共に疲れてヘトヘトになってどうしようもなくなってしまった時、ハードなヨーガでは自分を癒してあげることはできなかった。本当は四方八方塞がりでいっぱいいっぱいだったのに、「自分は大丈夫なんだ!」と、体の声も心の声も聞かず、助けを求めずにつっぱっていた。ところが、ヨーガによって自分の内側に気持ちを向けた時に、初めて“しんどい!もうダメだ!”と叫んでいる自分を認めることができて、もう許してあげよう・・・と思った。その瞬間、「今まで心の声を聞いてあげられなくてごめんね・・・解放してあげようね・・・」と浄化の涙がどんどん流れた。その時の感動が忘れられず、それ以来ずっとマタニティ・ヨーガを指導させてもらっている。

 それにしても、妊婦さんたちと一緒にヨーガをするのは本当に気持ちいい。私はマタニティ・ヨーガのクラスが大好きだ。外では日々様々な出来事が起こり、目や耳を覆いたくなるような事件も絶えない。妊婦さんの中にも、色々問題を抱えている方もいるだろう。でも、そんな中でもクラスの中はいつも愛が溢れている。そこだけ時間が止まっているように感じる。

 妊婦さんのクラスでは、一般のクラスよりも瞑想する時間を多く持ってもらっている。お腹をなでて赤ちゃんと対話してもらったり、ただ赤ちゃんの事を思ってもらったり、自分の心の声を聞いてもらったり、を何度もしてもらう。瞑想によって涙を流す妊婦さんを見ていると、いまだに私まで胸が熱~くなってくる。「この空間は、母親が子供を守ろうとする大きな愛情でいっぱいだからこんなに気持ちいいんだろうな・・・」とずっと思っていたのだが、少し前から、「母親の愛情はもちろん大きいが、それよりも大きいのは、純真無垢な赤ちゃんのパワーなのかも・・・」と気づき、赤ちゃんの偉大さにさらに感動させられている。

 ヨーガでは、我々にはもともと神性があると考える。それは“アートマ”で、“ブラフマ(神様のような唯一絶対の存在)”と同じものである。しかし、我々は成長していくにつれて様々な経験を積み、太陽に雲がかかるように、アートマを隠してしまう(その雲を払いのけて太陽を輝かせるためにヨーガをするのだが・・・)。しかし、赤ちゃんは泥棒を見てもそれが泥棒だとは分からない様に、赤ちゃんのアートマには一切雲がかかっていない。だから赤ちゃんの存在は神様のような存在そのものなのだ。お腹の中だとは言え、その赤ちゃんがたくさんいる空間はスゴイと思う。気持ち良くて当然だ。その神様のような赤ちゃんとお腹の中でひとつになっている妊婦さんは、何もしなくても、ただ座っているだけで“ヨーガ”なのだ。


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by chitrankita | 2012-04-23 23:37 | マタニティヨーガ
2011年続・集中内観物語
 ~内観 2~

 そして2011年5月、2度目の集中内観へ。やはりインドの前には内観!この7月にインド・バドリナース修行会に行く予定にしていたからだ。迷わずに米子内観研修所に申し込んだ。前回あれだけ大きな気づきをもらえて、感動させてもらったので、今度は何を見せてもらえるんだろう!という大きな期待と、前回あれだけの事を思い出し尽くしたので、もう一度内観してもあれ以上出ないのでは?という思いもあった。ところが、まず、米子に到着してビックリしたのは・・・!

 前回の内観参加者は私を含めて6人(男女3人ずつ)で、最大人数だったが、今回は私ともう一人の方との2人だった。そのもう一人の方は、関東方面から来られた方で、雑誌や、ニケタンの映像などで以前から見ていて、一度会ってみたいなあ・・・話してみたいなあ・・・と思っていた人だった!こんな所で、こんな形で会わせてもらえるなんて。恐るべしニケタン!私は遠くからこちらに歩いて来るその人をみた途端、すぐに「あっ!○○さんだ!」とわかり、うれしくなって、馴れ馴れしく寄って行っていきなり話しかけてしまった。かなり引かれてしまった。これから静かに内観しようと思っている人間の取るべき態度ではなかった・・・。(笑)

 その方も2回目の内観だったので、手続きも説明も簡単に終わり、すぐに屏風の中に座った。今回は小人数だったので、ニケタンの事務所の建物での実習だったが、前回は大人数だったため本堂の方で行われた。もちろん、内観中は、内観以外何もしてはいけないので、窓を開けて外をながめたりしてもいけなかったのだが、空気の入れ替えを口実に、時々少し窓を開けて、そこから真正面に見える大山の美しさは息が止まるほどだった。今回は全く見えなくてとても残念だった。

 前回と同様に母と自分について2日間、父と自分について1日・・・と進んで行った。予想以上に、前回には思い出せなかったことが出てきたので、不思議だった。何よりも驚いたのだが、H先生が優しい!「2回目だからもっと深くに内観できるようにね」と、アドバイスもしてくださった。小さなヒントを少しもらうだけで、“すーっ”と深くに入っていくことができて楽しくなった。「瞑想ってこんな風に深く入って行くんだ!」と初めて実感した。が、すぐまた壁にぶち当たるように立ち止ってしまう。それの繰り返しだった。前回は本当に表情ひとつ変えない、厳しいH先生だったのだが、今回は、私の話に相づちまで打って、「へえ~、そうだったんですか・・・そんなこともあるんですか・・・?」と聞いて下さるので、私は「そうなんです。それでね・・・」と調子に乗ってずんずん話を続けたら、最後に、「あのね、今あなたが言ったことはね、あれは全部外観!内観じゃないの!」と、また鋭い刀で真正面からバッサリ切られた!「1本取られた!」という感じだった。恐るべしH先生!

 そんなこんなで1週間無事に内観が終わり、最後の日は再び母と自分について調べた。そこで!一番最後の1時間だったと思うが、今回も、やはり前回同様に、「してもらったこと」「迷惑をかけたこと」ばかりが溢れ出て来ていたのだが、何がきっかけだったのか突然のことで思い出せないのだが、急に母の笑顔のスナップ写真のような映像が何枚も何枚も、フラッシュバック状態で、パシャッパシャッと音がするように次から次から重なり合うように出て来た。まるで映画のラストシーンを見ているようだった。「えっ?わあ~!これって・・・」と思っている間にまたまた号泣!面接官のS先生が入って来られ、号泣している私に「この1時間で何をお調べになられましたか?」と平然として質問された。「この状況で・・・そんなこと・・・」と思いながらも、「母の笑った顔が・・・ひっく・・・写真の様に・・・ひっく・・・次々と・・・ひっく・・・出て来て止まらなくなって・・・ひっく・・・」と話せなくなっていたら、「こんな時にいつもK先生がおっしゃってるように、客観視しないと・・・。」と言われた。確かにそうだ・・・。

 私が散々母を困らせて、迷惑をかけて来ていても、母はそれを迷惑だとは思っていなかった。してもらったことばかりだったが、母はそれを「してあげていた」とは思っていなかった。私がどれだけ母に対して悪いことをした、もっと母にしてあげていたら・・・と後悔していても、母は私に悪いことをされたなどとはかけらも思っていなかった。私が1週間かけて涙ながらに思い出して、散々後悔していた「してもらったこと」「迷惑をかけたこと」「お返しできなかったこと」は、すべて母の中では何でもないことで、母にはただ愛しかなかった・・・ということを、母の笑顔が私に教えてくれた。内観の最後は母の笑顔で埋め尽くされた。こんな結末になるとは・・・。

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by chitrankita | 2012-04-21 00:05 | インド修行会
2008年インド・マナリ 聖名拝受物語
~聖名拝受~

 続いて「内観物語2」に行きたいところなのだが、ここでインド・マナリのヨーガ・ニケタンでの“聖名拝受”について思い出してみようと思う。このアシュラムには、私達のグルであるK先生の兄弟子にあたる姉妹、アルナさんとラリタさんがいらっしゃる(兄弟子でも姉妹なので女性)。そこはとてもこじんまりとして気持ちのいいところで、最初に瞑想ホールに足を踏み入れた時、このままずーっと座っていたいなぁ~という気分になった。到着していよいよ最初のサダナ(ヨーガ修行のこと)。アルナさん、ラリタさんお2人がドアから入って来られた瞬間、部屋の温度が上がったような気がした。フワーッとあたたかい、濃い~空気に包まれた感じがした。ここもまた不思議な場所で、サダナの前に私達は数名で早くから瞑想ホールに入って、ヨーガの“五蔵説”の話をしていた。それぞれが「理智鞘のところがもう一つ分からなくて・・・」とか、「意思鞘が・・・」とか討論(?)していたのだが、その後のサダナでは、アルナさんがまるで私達の話を全部聞いていたかのように、ズバリ五蔵説の話をしてくださった!「ズバリやったなぁ・・・!」と目で合図をし合った。恐るべし!

 そして、いよいよ翌日の聖名拝受式。一人一人聖名をいただくのだが、私は「chitrankita devi(チトランキータ デヴィー)」だった。意味はサンスクリット語で「美の女神」。「美ぃ?」「えっ、美ぃ~?」というのが最初の印象だった。他の人たちは、「ヨーガの智慧を○○する女神・・・」や、「聖典を○○する女神・・・」とか、「○○を導く女神・・・」のような、カッコイイ名前に思えたからだ。「名前が全部出払ってしまって、他に適当なものがなかったから、とりあえず“美”と付けておけばまあ怒らないだろう・・・」って言う感じ?などと冗談を言いつつ、「心をいつも美しくしなさい」ということかなあ、きっと・・・と落ち着いた。

 しかし、その2年後、たまたまK先生と話す機会があり、「2年前にいただいた聖名なんですが、・・・・・・という意味ですよね!?」とたずねたら、すぐに調べて下さり、「違うよ!英語で説明してなかった?“art”という文字が入っているから、“美しく表現する女神”という意味だよ!」と教えてくださった。その時は「ふ~ん、そう言う意味だったのか・・・。」と思っただけだったのだが、その数日後、ある事件が私に起こり、その原因がとても理不尽なことだったので、私もかなり沸騰しそうだったのだが、そこで!いつもの私らしくなく、大変美しい言葉使いで、敵(?)を回避した。全面的に私が悪いわけではなかったが、美しい文章でお詫びの手紙を書いてみた。すると、すべてが丸く収まった(多分・・・)。少なくとも、美しい文章を書いているうちに、自分の心が穏やかになっていった。同様に、美しい文面で書きつづられた手紙を読んで行くと、度合いもあるとは思うが、相手側も怒りの感情が治まってくるのではないだろうか・・・。そういうことだったのだ!ヨーガ=調和、平和なので、周囲と調和を保ちつつ生きていくには、何でも美しく表現すればうまくいくのだ!と実感した!恐るべし聖名!

 聖名を受けたら、その瞬間から、今までの名前を捨ててその聖名で生きて行く、と言うことで、とても深い意味を持つものだ。私はその瞬間から「美の女神」として生きて行くということだったのだ。そうすると間違いないということだ。これがまたなかなか困難なのだが、それを意識して生きるのと、そうでないのとは全く違う・・・と思う。

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by chitrankita | 2012-04-19 22:54 | インド修行会
2008年集中内観物語
 ~内観 1~

 2008年のインド・マナリの旅は6月だった。私はその年の3月に前の職場を離れ、すぐに月末の“集中内観研修”に申し込んだ。仕事を辞めて時間ができたら何からしようか!?とワクワクしていた。当時は「インドが先か?内観が先か?」で迷ったりもしていたのだが、『絶対に内観が先だ!』。
 
 米子の内観研修所の所長は、K先生(私達のグル)の奥様のH先生だ。K先生に「今回初めて内観研修を受けてみようと思います。」と報告をした時、「家内はすごく怖いらしいよ。ニコリともしないっていううわさだよ。」と言われた。「ひえ~っ!」と思ったが、“知らない本当の自分が見つかる”ことへの期待がとても大きく、ワクワクしながら参加した。日曜から日曜までの8日間、一人一部屋を与えてもらい、部屋の隅に置かれた屏風の中で1日座る。1時間ごとにテーマを与えられて瞑想する。1時間ごとに先生方が面談に来て下さる。テーマは主に、「してもらったこと」「お返しできたこと」「迷惑をかけたこと」の3つだけで、そのテーマに基づいて、対象者に対して自分はどうであったかだけを内観し続ける。最初の2~3日間は母親と自分について延々と調べる。次に父親と自分について。その後は対象者が配偶者、兄弟、同僚など、人それぞれで変わり、最後の1日は再度母親と自分について調べる。
 
 最初の4~5日間くらいは中々深いところまで入っていけず、うわべだけをザァーッとすくっていた感じだった。それでも、「そんなことがあったのか!」と、今までかけらも思い出したことがなかった、忘れていたことをピカッと思い出して、人間の脳っておもしろいなあ・・・と思った。声をかけた記憶がなく、存在すらも覚えていなかった元職場の同僚が、結婚式のチャペルに来てくれていた場面が出てきたり、ぎゅうぎゅう詰めの超満員電車でつぶされそうになっていた私を腕でつっかえ棒をして支えてくれていたある日の乗客や、間違えて防犯ベルを押してしまった時に向こうから走って飛んできてくれた見知らぬ男性や、肉親や友人、知人はもちろんのこと、まったくの他人にまで、私は多くの事をしてもらっていたことに気づいた。そんなことにも気づかず、いままで他人を非難したり、“自分一人が良ければいい”的な考え方をしていた自分が次から次からと湧き出て来て、本当に恥ずかしく、穴を掘って隠れてしまいたい心境になった。また、今すぐ、昔傷つけてしまった友人の家に行って一言あやまりたい!と思った。
 
 両親が当時どんな気持ちで私と接してくれていたかも初めてわかった。母が亡くなり、父と実家で暮らしていた頃、私は仕事のシフト上帰宅時間がバラバラで、いちいち家に帰宅時間について電話を入れることもしなかった。ある日、駅に父が迎えに来てくれていた。「ありがとう」の一言も言わず、「なんで帰ってくる時間がわかったん?」と聞くと、父は「何となく迎えに行ってやりたかってな・・・。」と言った。私は「ふ~ん・・・」と言って、それだけの出来事だったのに、それから18年も経ち、父と自分について内観をしている時、突然その場面が浮かんだ。そこではっきりと、父の声に出さなかった心の声が聞こえた。父は、その日偶然駅に来てくれていたのではなく、実はしょっちゅう迎えに来てくれていたのだろう。いつもは何本か電車を待っても私が乗ってなかったので、あきらめて帰っていたところ、たまたまその日は何本目かに私が乗っていたのだ。妻が亡くなり一人で家にいるのが辛く、恐らくしょっちゅう駅まで来てくれていたのだろう。その頃は私も自分のことで精いっぱいで、そんな父の気持ちを考えたこともなかった。もっとゆっくり父と話す時間を持ってあげればよかった・・・と、随分経って亡き父の心の声が聞こえて来るなんて、恐るべき内観!母親については時間をかけて調べるし、山ほど色んなことが出てきたが、父については大して出てこないと思っていたので、これには感動した。

 そんなこんなで、内観中は周囲に対する感謝の気持ちでいっぱいで、毎日大いに泣いて疲れてヘトヘトになっていた。ごはんの御膳が運ばれて来る度、白い湯気を見るだけで泣けてきた。なんだかボロボロになっていた。この内観で、私は初めて「50:50(フィフティフィフティ)」「give and take(ギブアンドテイク)」の意味がわかった。私は今までの人生ずっと“take”ばっかりだった。「してもらったこと」「迷惑をかけたこと」ばかりで、「お返しできたこと」がほとんどなかった。ちょうどこの頃、人生の折り返し地点だったので、「そうか・・・今までずっとしてもらってばかりだから、残りの人生で返していけばいいんだ・・・それで50:50になる・・・もらった分を返さなければ私の今世は完結しないんだ・・・」ということに気づいた。こんなにはっきり今世で自分のやるべきことを教えてもらえるなんて。生きるのが楽になった。

 一番最後の日、H先生にその事を報告したら、「まあ、やっとわかった?普通はもっと早くに気づくんですけどねぇ・・・。」と鋭い刀でバッサリと正面から切られた!そして、「あなたの場合はお返ししたくてもその両親がもういないでしょ。だからヨーガの先生のような素晴らしい仕事に就いているのよ!お返しがしやすいでしょ!」と続いた。その刀は大きな愛がいっぱいあふれている刀だった。恐るべしH先生。

 この時からしばらく、私は“感謝のめがね”をかけてすべてを見ることができていたので、その2カ月後のインド・ヒマラヤがとても素晴らしいものになったのだと思う。もし内観に行ってなければ、色々なものを引きずって、ヒマラヤへの道が重かっただろう。背負っていた荷物をひとつひとつ降ろして行くうちに旅が終わってしまっていただろう!だから、ヒマラヤと内観は是非セットにしたいと思った。

 とは言っても、中々お返しができず、いまだに日々 take take してしまっているのだが・・・。

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by chitrankita | 2012-04-14 00:35 | インド修行会
2008年インド・マナリ 続・ロータン峠物語 
~ロータン峠 瞑想2~
 
 私達は、瞑想の前にはいつも最も短く尊いマントラ「オーム(アウン)」を唱える。ロータン峠においても、いつもと同様に目を閉じて「オーム」と3回唱えて・・・とその時、亡き両親の顔がふわ~っと浮かんだ。「あら、パパとママが・・・」と思い、懐かしさで涙があふれた。が、そのまま与えられたテーマについて1時間の瞑想した。その後、しばらくアーサナをしたり休憩をして、また次の瞑想に入るための「オーム」を3回唱えようとすると、また両親の笑顔が浮かんだ。「あれ、またパパとママだ・・・」と思って涙がドーッとあふれた。が、そのまま1時間の瞑想を続けた。その日はテントで一晩過ごし、次の日の朝、また瞑想。「オーム」と唱えた時、また両親の笑顔が・・・。涙が・・・。そこで私は初めて気づいた。「そう言うことだったんだ!」

 私は、24歳の時に母を、その2年半後に父を、共に癌で亡くした。母は48歳、父は54歳だった。2人が同時に入院していた時もあった。仕事と病院と家事に追われ、順に2人を看取り、その数年間は私にとってはあまりにも大き過ぎて、どれくらいの年月の間に起こった出来事だったのか、その頃の自分がどんな気持ちでどんな風に過ごしていたのか、はっきり覚えていない。もっと幼い頃に何らかの理由で親と離れて過ごすしかなかった境遇の人は世の中にいくらでもいることは頭ではわかってはいたが、私は大変甘やかされて育ったため、親離れが全然できていない状態で2人を失い、スピリチュアル的(自己存在に関する部分)に非常に不安定になってしまった(随分後になってからスピリチュアル的健康の大切さを知った)。その後、退職によりそれまで安定していた社会的な部分が不安定になり、阪神大震災に追い打ちをかけられ、糸が切れた風船のようになってしまった。

 当時、周囲には優しい言葉をかけてくれた人がたくさんいて、本当にありがたく思っていた。しかし、心のどこかで、「この気持ちは誰にもわからない」とも思っていた。それでもある日、下関から釜山へいくフェリーの中で(関釜フェリーに乗って韓国の小白山に登ろうとしていた)ある友人が、「マリちゃん(私の事)のパパとママは志し半ばで死んだんと違うねん。今世での目的を果たして死んだからエエねん。」と言った。その言葉を聞いた時、私はとても救われた。そして両親の死を乗り越えたつもりでずっと過ごしてきた。しかし、本当は乗り越えられてないままずっと来てしまっていた。

 ヨーガの教えを学び始めたことによって、我々の肉体も心も実在のものではなく、変化していく非実在ものであり、“アートマ(魂のようなもの)”だけが不変で実在であり、この肉体は、衣を着替えるように、寿命が来ると脱ぎ捨てていかなければならないものである、と頭ではわかっていた。しかし、3度目の瞑想で「オーム」と唱えて両親の笑顔が浮かんだ時、初めて「そう言うことだったのか!」と思った。ものすごく大きな気づきを与えてくれた神様に再び涙がドーッとあふれた。『肉体を離れた“アートマ”が“ブラフマ(すべてを創った神様のような存在)”と一つになるということ=両親の肉体を離れたアートマはブラフマと一つになった(というより、最初から一つだった。)=両親は神様と同じだ』ということを、初めてお腹でしっかりと受けとめた瞬間だった。「もう、これで大丈夫だ」と思った。

 ブラフマは映画のスクリーンのようなもので、スクリーンがあって初めて映画が映される。変わらず存在するスクリーンの上で、次々と映画(我々の人生)が上映されているだけだ。だから、ブラフマは時空を超えて常に全てに偏在している。よく「生きていた時より死んだ後の方がより身近に感じる」という話を耳にするが、本当にその通りで、いつでもどこにでも両親はいる。とっくの昔に受け入れたはずだったのに、実はずっと受け入れられずにいたのだった。

 両親との関係はスピリチュアル(自己存在)な部分に影響し、ここが満たされていなければ、自分の土台が揺らいでしまう。歪んだ土地に立った建物のように、私の心はずっと歪んだまま長い時間を過ごしてきた。何をしてもいつも満たされず、何かが違うと感じ、不安や不満を抱えていた以前の自分が、今でははっきりよく見える。嫌な自分を初めてちゃんと許せた気がした。

 それにしても、1回見せただけでは気づかない私に、2回、3回と、「まだわからんか・・・ほなもう1回見せよか。」と気づくまで何度も何度も見せようとしてくれた神様はなんて慈悲深いのだろう。
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by chitrankita | 2012-04-08 00:21 | インド修行会
2008年インド・マナリ ロータン峠物語 
~ロータン峠 瞑想1~

このツアーのクライマックスとなるロータン峠。3人ずつジープに分かれて乗り込み、早朝マナリを出発。海抜4000mまでずんずんヒマラヤを登って行く。現地のドライバーの運転は本当に荒く、崖ギリギリのところをビュンビュン飛ばすが、ここに来るまでに『大丈夫!』のソフトがしっかりインストールされていたので恐怖感が全くなかった。神様の「よう来たなぁ。待ってたで。」を感じながらものすごい道を揺られて着いた。

ここでの瞑想で私は大きな気づきをもらった。到着後、まず最初の瞑想をするべく座ったのだが・・・。当時の私は、病から回復し、心も体もスッキリしていたものの、やはり心のベクトルを“そちら側”に向けると、すぐに“しんどいモード”に入ることができていた。そんな中、まず自分の心の状態を見ようと目を閉じたのだが、あれっ?まったく思考が働かない。これまで長い間、何を悩んでいたのか?何が辛かったのか?思い出そうとしても何も思い出せない。すべてが真っ白になって止まってしまった。これはもしや高山病か!?おかしくなったのか!?と思ったが、さっきまで仲間と普通に会話ができていた。しばらくすると、解凍されていくように徐々にまた思考が動き始めたと思う。

帰国後、随分と月日が経ったある日、大先輩に何気なくその話をしたら、その先輩が「それは儀式のようなもので、神様が見せてくれたのでしょうね。」と言った。その一言に「ヨーガとは心素の働きを止滅することである。」(パタンジャリ著『ヨーガ・スートラ』第1章2節)の一節が浮かんだ。過去の記憶も、そこから溢れて来る様々な思いも、すべてが消えてしまったようにシーンと静まりかえっている状態。今思い出そうとしてもあれが数秒のことだったのか、数分のことだったのかもわからないが、もしかしたら、“サマディ”とはあんな感じなのかもしれない。「ここまでせっかく来てくれたから“サマディ”をちょっとだけ見せよか?」と、まるで映画の予告編をチラッと見せてくれたかのような、神様の大サービスだったのかもしれない。
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by chitrankita | 2012-04-04 09:08 | インド修行会
  

チトランキータのブログ               平井真理子・・・日本ヨーガ療法学会認定ヨーガ療法士 2002年よりヨーガ指導開始。 ヨーガセラピークラス、マタニティヨーガなど神戸~西宮を中心に活動中。
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