2008年集中内観物語
 ~内観 1~

 2008年のインド・マナリの旅は6月だった。私はその年の3月に前の職場を離れ、すぐに月末の“集中内観研修”に申し込んだ。仕事を辞めて時間ができたら何からしようか!?とワクワクしていた。当時は「インドが先か?内観が先か?」で迷ったりもしていたのだが、『絶対に内観が先だ!』。
 
 米子の内観研修所の所長は、K先生(私達のグル)の奥様のH先生だ。K先生に「今回初めて内観研修を受けてみようと思います。」と報告をした時、「家内はすごく怖いらしいよ。ニコリともしないっていううわさだよ。」と言われた。「ひえ~っ!」と思ったが、“知らない本当の自分が見つかる”ことへの期待がとても大きく、ワクワクしながら参加した。日曜から日曜までの8日間、一人一部屋を与えてもらい、部屋の隅に置かれた屏風の中で1日座る。1時間ごとにテーマを与えられて瞑想する。1時間ごとに先生方が面談に来て下さる。テーマは主に、「してもらったこと」「お返しできたこと」「迷惑をかけたこと」の3つだけで、そのテーマに基づいて、対象者に対して自分はどうであったかだけを内観し続ける。最初の2~3日間は母親と自分について延々と調べる。次に父親と自分について。その後は対象者が配偶者、兄弟、同僚など、人それぞれで変わり、最後の1日は再度母親と自分について調べる。
 
 最初の4~5日間くらいは中々深いところまで入っていけず、うわべだけをザァーッとすくっていた感じだった。それでも、「そんなことがあったのか!」と、今までかけらも思い出したことがなかった、忘れていたことをピカッと思い出して、人間の脳っておもしろいなあ・・・と思った。声をかけた記憶がなく、存在すらも覚えていなかった元職場の同僚が、結婚式のチャペルに来てくれていた場面が出てきたり、ぎゅうぎゅう詰めの超満員電車でつぶされそうになっていた私を腕でつっかえ棒をして支えてくれていたある日の乗客や、間違えて防犯ベルを押してしまった時に向こうから走って飛んできてくれた見知らぬ男性や、肉親や友人、知人はもちろんのこと、まったくの他人にまで、私は多くの事をしてもらっていたことに気づいた。そんなことにも気づかず、いままで他人を非難したり、“自分一人が良ければいい”的な考え方をしていた自分が次から次からと湧き出て来て、本当に恥ずかしく、穴を掘って隠れてしまいたい心境になった。また、今すぐ、昔傷つけてしまった友人の家に行って一言あやまりたい!と思った。
 
 両親が当時どんな気持ちで私と接してくれていたかも初めてわかった。母が亡くなり、父と実家で暮らしていた頃、私は仕事のシフト上帰宅時間がバラバラで、いちいち家に帰宅時間について電話を入れることもしなかった。ある日、駅に父が迎えに来てくれていた。「ありがとう」の一言も言わず、「なんで帰ってくる時間がわかったん?」と聞くと、父は「何となく迎えに行ってやりたかってな・・・。」と言った。私は「ふ~ん・・・」と言って、それだけの出来事だったのに、それから18年も経ち、父と自分について内観をしている時、突然その場面が浮かんだ。そこではっきりと、父の声に出さなかった心の声が聞こえた。父は、その日偶然駅に来てくれていたのではなく、実はしょっちゅう迎えに来てくれていたのだろう。いつもは何本か電車を待っても私が乗ってなかったので、あきらめて帰っていたところ、たまたまその日は何本目かに私が乗っていたのだ。妻が亡くなり一人で家にいるのが辛く、恐らくしょっちゅう駅まで来てくれていたのだろう。その頃は私も自分のことで精いっぱいで、そんな父の気持ちを考えたこともなかった。もっとゆっくり父と話す時間を持ってあげればよかった・・・と、随分経って亡き父の心の声が聞こえて来るなんて、恐るべき内観!母親については時間をかけて調べるし、山ほど色んなことが出てきたが、父については大して出てこないと思っていたので、これには感動した。

 そんなこんなで、内観中は周囲に対する感謝の気持ちでいっぱいで、毎日大いに泣いて疲れてヘトヘトになっていた。ごはんの御膳が運ばれて来る度、白い湯気を見るだけで泣けてきた。なんだかボロボロになっていた。この内観で、私は初めて「50:50(フィフティフィフティ)」「give and take(ギブアンドテイク)」の意味がわかった。私は今までの人生ずっと“take”ばっかりだった。「してもらったこと」「迷惑をかけたこと」ばかりで、「お返しできたこと」がほとんどなかった。ちょうどこの頃、人生の折り返し地点だったので、「そうか・・・今までずっとしてもらってばかりだから、残りの人生で返していけばいいんだ・・・それで50:50になる・・・もらった分を返さなければ私の今世は完結しないんだ・・・」ということに気づいた。こんなにはっきり今世で自分のやるべきことを教えてもらえるなんて。生きるのが楽になった。

 一番最後の日、H先生にその事を報告したら、「まあ、やっとわかった?普通はもっと早くに気づくんですけどねぇ・・・。」と鋭い刀でバッサリと正面から切られた!そして、「あなたの場合はお返ししたくてもその両親がもういないでしょ。だからヨーガの先生のような素晴らしい仕事に就いているのよ!お返しがしやすいでしょ!」と続いた。その刀は大きな愛がいっぱいあふれている刀だった。恐るべしH先生。

 この時からしばらく、私は“感謝のめがね”をかけてすべてを見ることができていたので、その2カ月後のインド・ヒマラヤがとても素晴らしいものになったのだと思う。もし内観に行ってなければ、色々なものを引きずって、ヒマラヤへの道が重かっただろう。背負っていた荷物をひとつひとつ降ろして行くうちに旅が終わってしまっていただろう!だから、ヒマラヤと内観は是非セットにしたいと思った。

 とは言っても、中々お返しができず、いまだに日々 take take してしまっているのだが・・・。

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by chitrankita | 2012-04-14 00:35 | インド修行会

チトランキータのブログ               平井真理子・・・日本ヨーガ療法学会認定ヨーガ療法士 2002年よりヨーガ指導開始。 ヨーガセラピークラス、マタニティヨーガなど神戸~西宮を中心に活動中。
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