2008年インド・マナリ 聖名拝受物語
~聖名拝受~

 続いて「内観物語2」に行きたいところなのだが、ここでインド・マナリのヨーガ・ニケタンでの“聖名拝受”について思い出してみようと思う。このアシュラムには、私達のグルであるK先生の兄弟子にあたる姉妹、アルナさんとラリタさんがいらっしゃる(兄弟子でも姉妹なので女性)。そこはとてもこじんまりとして気持ちのいいところで、最初に瞑想ホールに足を踏み入れた時、このままずーっと座っていたいなぁ~という気分になった。到着していよいよ最初のサダナ(ヨーガ修行のこと)。アルナさん、ラリタさんお2人がドアから入って来られた瞬間、部屋の温度が上がったような気がした。フワーッとあたたかい、濃い~空気に包まれた感じがした。ここもまた不思議な場所で、サダナの前に私達は数名で早くから瞑想ホールに入って、ヨーガの“五蔵説”の話をしていた。それぞれが「理智鞘のところがもう一つ分からなくて・・・」とか、「意思鞘が・・・」とか討論(?)していたのだが、その後のサダナでは、アルナさんがまるで私達の話を全部聞いていたかのように、ズバリ五蔵説の話をしてくださった!「ズバリやったなぁ・・・!」と目で合図をし合った。恐るべし!

 そして、いよいよ翌日の聖名拝受式。一人一人聖名をいただくのだが、私は「chitrankita devi(チトランキータ デヴィー)」だった。意味はサンスクリット語で「美の女神」。「美ぃ?」「えっ、美ぃ~?」というのが最初の印象だった。他の人たちは、「ヨーガの智慧を○○する女神・・・」や、「聖典を○○する女神・・・」とか、「○○を導く女神・・・」のような、カッコイイ名前に思えたからだ。「名前が全部出払ってしまって、他に適当なものがなかったから、とりあえず“美”と付けておけばまあ怒らないだろう・・・」って言う感じ?などと冗談を言いつつ、「心をいつも美しくしなさい」ということかなあ、きっと・・・と落ち着いた。

 しかし、その2年後、たまたまK先生と話す機会があり、「2年前にいただいた聖名なんですが、・・・・・・という意味ですよね!?」とたずねたら、すぐに調べて下さり、「違うよ!英語で説明してなかった?“art”という文字が入っているから、“美しく表現する女神”という意味だよ!」と教えてくださった。その時は「ふ~ん、そう言う意味だったのか・・・。」と思っただけだったのだが、その数日後、ある事件が私に起こり、その原因がとても理不尽なことだったので、私もかなり沸騰しそうだったのだが、そこで!いつもの私らしくなく、大変美しい言葉使いで、敵(?)を回避した。全面的に私が悪いわけではなかったが、美しい文章でお詫びの手紙を書いてみた。すると、すべてが丸く収まった(多分・・・)。少なくとも、美しい文章を書いているうちに、自分の心が穏やかになっていった。同様に、美しい文面で書きつづられた手紙を読んで行くと、度合いもあるとは思うが、相手側も怒りの感情が治まってくるのではないだろうか・・・。そういうことだったのだ!ヨーガ=調和、平和なので、周囲と調和を保ちつつ生きていくには、何でも美しく表現すればうまくいくのだ!と実感した!恐るべし聖名!

 聖名を受けたら、その瞬間から、今までの名前を捨ててその聖名で生きて行く、と言うことで、とても深い意味を持つものだ。私はその瞬間から「美の女神」として生きて行くということだったのだ。そうすると間違いないということだ。これがまたなかなか困難なのだが、それを意識して生きるのと、そうでないのとは全く違う・・・と思う。

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by chitrankita | 2012-04-19 22:54 | インド修行会

チトランキータのブログ               平井真理子・・・日本ヨーガ療法学会認定ヨーガ療法士 2002年よりヨーガ指導開始。 ヨーガセラピークラス、マタニティヨーガなど神戸~西宮を中心に活動中。
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